自由律オンリー句会17
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自由律オンリー句会17
意図せず五七五の型になってしまってもかまいません。
【開催期間】
投句の締切:2018/06/23 21:00(土)
選句の締切:2018/06/30 21:00(土)
- 総投句数:14
- 終了日時:2018年06月23日21時00分
- 選句に参加した投句者には1点が加算されます。
1位
4点
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1位
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北大路京介 さん 勃ちが悪いのを天井にいるなにかのせいにしてるのかもしれない。霊的ななにかでしょうか。(2018/06/30) |
3位
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桜電子 さん 確かに、と思った。紫陽花の色みってそんなんだと思わせられた。紫に限らず。(2018/06/27) |
4位
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13位
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松浦麗久 さん 人間とはそう言うものであり、割り切れない気持ちを淡々と詠んでいるのに、激しく渦を巻く感情を表し、詠み手に自分もこんなことがあったよなぁと共感を誘うところが良いと思い選びました。 |
斎藤秀雄 さん
これはとても哀しい句なのだけれど、はからずも〈定型〉について考えさせられた。自由律の句で、定型について考えさせるというのも、すごいことだなあと思う。
この句を定型の俳句ないし川柳にしようとするなら、〈電池を入れて〉か〈電池入れても〉となるのかもしれない(あるいは発想が豊富なら、他の可能性もありうるだろう)。〈ても〉にすると、より因果関係が明瞭になってしまう。つまり「電池切れだと思っていたのだが、電池を交換しても動かないということは、本体の故障・不具合であるということが証明された」という言明になる。とたんに哀しみが薄まってしまう。この句の眼目は、「電池を交換すれば動くはずだ」という主体の予期・期待が裏切られるその体験を、読者が〈動かない〉という結末を読むときに同時に体験するところにあるように思う。〈ても〉にするとき、これを語っている主体は、すでに体験した「期待はずれ」について後から語っていることになる。だから、いままさに眼前で期待はずれが生じることになるそのプロセスを、あたかもリアルタイムに見せられているような錯覚を起こさせる、そういう語り口が必要なのだろうと思う。
〈電池を入れて〉にした場合、この句の〈電池〉の後ろに一瞬だけある沈黙が消えてしまう、感じがする(一般的な俳句の用語でいうなら〈電池〉でいったん切れる)。この切れが〈新しい電池〉への期待を高めていると思うので、やはりこの句のかたちしかないのではないだろうか。(2018/06/24)